旅順ロシア・日本刑務所跡博物館は国家 4A 級観光景区であり、旅順口区陽向街 139 番地に位置しています。この刑務所はロシアによって 1902 年に建設が開始され、刑務所事務棟と監房 85 室が完成したものの、日露戦争の勃発により工事は中断を余儀なくされました。戦争期間中、ここは騎兵の兵営および野戦病院として使用されました。日露戦争終結後、日本は再び旅順を占拠しました。1906 年 9 月、日本植民地当局は関東総督府民政部内に刑務署を設置し、元のロシア式刑務所の拡張工事に着手しました。1907 年 10 月、旧旅順婦人病院に設置されていた旧監はこのロシア式刑務所に移転され、関東都督府刑務署本監となりました。その後、名称はたびたび変更され、1920 年 8 月には「関東庁刑務所」、1926 年 10 月には「関東庁刑務所」に改称、1934 年 12 月には再び「関東刑務所」となり、1939 年 1 月に「旅順刑務所」と定められ、1945 年 8 月の旅順解放までこの名称が使用されました。
2003 年 5 月、大連市機構編制委員会は「旅順日露刑務所跡陳列館」を「旅順日露刑務所跡博物館」に改称することを承認し、この名称が現在まで使われています。旅順日露刑務所跡は、その歴史の長さ、規模の大きさ、保存状態の完備さ、歴史的内包の豊かさにおいて、全国でも類を見ないものです。1988 年 1 月、国務院により全国重点文物保護単位に指定され、1989 年 2 月には遼寧省重点文物保護単位に指定されました。2005 年には中共中央宣伝部により「全国愛国主義教育示范基地」に、2007 年には遼寧省人民政府により「遼寧省国防教育基地」に命名されました。2013 年 4 月より無料開放され、年間約 50 万人の観光客が訪れています。


